飛騨山脈のジオのおはなし個別コラムページトップ

飛騨山脈のジオのおはなし

第14章 黒部五郎岳(中ノ俣岳)

山頂にある手取層

コラム14章画像「黒部五郎岳」は、その名が示すように越中の黒部川の源流域に位置しています。そして、山頂の南側が高山市、北西部が飛騨市そして北東部が富山県立山町に属しています。ところが現在用いられている黒部五郎という名称は、なぜか信州側での呼称です。五郎は、ゴロゴロした岩場にちなんで付けられたといわれています。
なお富田禮彦(とみたいやひこ)編著「斐太後風土記」の中に「騎鞍嶽山脈連逮」という図があります。その絵には、乗鞍・鎗穂高・笠などの左側に中俣嶽・北俣嶽が描かれています。この中俣嶽が、飛騨側での呼称なのです。五万分の一地形図にも黒部五郎岳(中ノ俣岳)と書かれています。
 ちなみに越中名は「鍋山」といいます。この山の東山腹に氷河によって削り取られたカールが鍋のように見えるので名付けられたのでしょう。ここ黒部五郎岳に限らず飛騨山脈にはカール,U字谷など数多くの氷河地形が残されていることでも有名です。最終氷期(ウルム氷期:七~一万年前)に形成されたものです。
さて中ノ俣岳の山頂部分は、手取層という礫岩,砂岩といった堆積岩からできています。中生代に福井・岐阜・富山県に広がっていた手取湖(海と繋がった時代あり)の堆積物です。その一部は国府町の荒城川沿いにも見られます。その高低差は、二千三百㍍余になります。しかし、堆積したのは、少なくとも〇㍍以下であり、中ノ俣岳は、飛騨山脈の大きな隆起の物語を今に語りかけています。
(飛騨地学研究会 下畑五夫)

トップへ戻る